2014年03月13日

入社初日

オフィスの風景

それから間もなく、穂摘は、七枝の紹介してくれた業者に赴き、カーテンに必要な生地を買った。七枝の知り合いということで、店員さんも快くカーテンのデザインまで見繕ってくれた。

引っ越し日が決まり、荷物が運び込まれる前に、カーテンが届いた。昼間、穂摘は、そのカーテンをかけるためだけに、まだガランとしたワンルーム・マンションに向かう。

晴れた日の午後、カーテンだけの部屋で、穂摘は、一人、ノンアルコールのワインで乾杯した。黄色いカーテンだけだと、外の陽が部屋の中に差し込み、黄色い床に透明の花が咲き乱れる。その外側の、青いカーテンをしめると、今度は暗い部屋に、小さな青い花が咲き誇る。どちらの様子も、穂摘は、とても気に入った。
「私だけの昼間のお花畑」
穂摘はそうつぶやくと微笑みながら床に転がった。

入社日が近づき、部屋には他の家具も運び込まれてきた。空っぽの部屋と違って、カーテンの花は、テーブルやベッドに点在したけど、やはり春の日差しの元、昼間にカーテンを開け閉めして、その花や色を眺めるのが、穂摘の楽しみになった。

入社初日。

何がなんだかわからない研修などをバタバタと終えて、自分の席に戻ると、同じ部署の人々は歓迎ムードで迎えてくれた。ここからがスタートなんだろうな、と穂摘は思う。
「これから大変やろうけど、がんばろうな」
穂摘の直接の先輩になるであろう、男性社員にそう声をかけられて、穂摘は初々しくうなずく。が、大学とは全く違う、会社の雰囲気。慣れるまでどれくらいかかるだろう。少し不安に思いつつ、デスクにつくと、その男性が続けて言った。
「・・・岡野さん、たちばな私立高の出身だよな?」
思わぬ質問に、穂摘はうなずく。
「はい、そうですけど、なにか・・・?」
「いや、違う部署に、大学は違うけど、たちばな高のヤツが一昨年入社してきてな。知ってるかな、と思って」
「・・・どなたでしょう?」
「朝田っていう男で・・・」
一瞬、息を飲む穂摘。
「コイツが、よくできるヤツなんや~」  
タグ :カーテン


Posted by 弘せりえ at 13:36Comments(0)カーテン

2014年03月10日

美術室の思い出

美術室の思い出

七枝は、快く、その生地を手に入れた店を教えてくれて、店員に、七枝が買ったのと同じ生地といえばわかると言ってくれた。
「ななちゃんは、常連さんなんや」
穂摘は感心して言う。
「常連っていうか、仕入先のひとつかな。私が仕入できれば、穂摘ちゃんにも安く譲れるのに、ごめんな」
そんなお仕事ルートで入手しようとは思ってもみなかった穂摘は、七枝の口ききで専門業者に入れるだけでワクワクした。

そういう穂摘をみて、七枝は、くすっと笑う。
「なに?」
穂摘がたずねると、七枝は更に笑みを浮かべた。
「私たちが、なんで、この花柄に惹かれるのか、穂摘ちゃんは本当に気付いてないのかな、と思って」
穂摘は、首をかしげる。
「・・・なんかあったっけ?」
七枝は、楽しそうに言った。
「・・・高校の美術室」
そう言われて、穂摘は、ハッとした。
「朝田先輩!」
昔を思い出した穂摘は、思わず頬を赤らめた。

朝田先輩は、穂摘たちの高校の女子のあこがれの人で、サッカー部のエースだった。そして、サッカー部が練習する校庭の端が、ちょうど、美術室からよく見えたのだ。だから、放課後、何人もの女の子が、美術室のカーテン越しに、彼を見つめていた。そのカーテンが、この花柄のレース・カーテンと、紺の暗幕だった。昼間、紺の暗幕を引くと、外の太陽の明るさで、机や床に、紺色の小さな花柄が浮いて見えていたものだ。

「穂摘ちゃんも、よくあそこにいたよね?」
そう言われ、照れながらも、穂摘は驚く。
「ななちゃんも、いたん?」
「いた、いた。っていうか、私は美術部やったし、堂々としてればよかったんやけど。恥ずかしくて、暗幕越しにしか先輩を見れなかった。」
「ななちゃんも、ファンやったんや!」

意外な七枝の過去を知り、穂摘はうれしくなった。  
タグ :カーテン


Posted by 弘せりえ at 11:04Comments(0)カーテン

2014年03月07日

カフェで

カフェ

「ここのカフェが『ムーン・カフェ』って名前なんで、月夜な感じがちょうどいいと思って買ったんです。でもカフェ・カーテンですし、おうち用のカーテンには薄いかもしれませんよ」
そう言われてカーテンの生地に触れてみると、確かにレース・カーテンに近い手触りで、遮断の効果は期待できそうになかった。
「でも、かわいいよなー、この小さな花とこの黄色」
店長さんは穂摘に褒められて、うれしそうに笑っていた。

穂摘は、それからネットでも調べてみたが、なかなか同じものは見つからない。なんでもネットで見つかる時代と思っていたので、薄れゆくカーテンのイメージを忘れないうちに見つけたいと焦りを感じ始めていた。

一向に見つからないまま、あきらめかけていた頃。穂摘は、高校時代の同級生、七枝(ななえ)にバッタリ出くわした。七枝は、昔からセンスが良く、高校卒業後、デザイナーの専門学校に行った。そして今は服のデザインの仕事をしているという。
 
何より、穂摘が驚いたのは、七枝の持っているカバンだった。
「ななちゃん、そのカバン、どこで買ったん?」
「自分で作ったんよ」
もっと話しを聞きたくなって、穂摘は七枝をお茶に誘った。

七枝は、デザインの仕事をしているというだけあって、生地のことなど、とても詳しい。穂摘の目を惹いたカバンは、外側が、探していた黄色い生地で、内側に青い生地を縫い合わせ、二重にすることで、透き抜けている部分から、小さな青い花柄が浮き上がって見える。
「私も、この黄色い生地が気にいったやけど、一枚じゃ、服にもカバンにも薄過ぎて、で、この青い生地を重ねてみたら、めっちゃかわいくなって。試しにカバンを作ってみたんよ」
穂摘は、カバンの内側もみせてもらう。青い生地は普通のものだったが、黄色の生地よりは分厚くて、しっかりしていた。
  


Posted by 弘せりえ at 16:42Comments(0)カーテン

2014年03月06日

一人暮らし…

一人暮らしを始めた女性

桜のつぼみが膨らみ始めた頃。

岡野穂摘(ほづみ)は、大学を卒業して実家を離れ、一人暮らしすることが決まっていた。神戸の中心街からはちょっと離れているけれど、会社まで通勤圏内のワンルーム・マンション。

小さな部屋なので、家具は冷蔵庫と洗濯機、TVくらいで十分だった。それを、今年結婚する姉から貰い受けた。姉は数年一人暮らしをして、素敵な人を見つけた。昔から順風満帆な姉がうらやましく、そのご利益にあやかりものだ、と思う。また、そのおかげで引っ越し経費が浮いたことはうれしかったが、なんだか新品ではないもので新生活をスタートさせることが不満でもあった。

姉は、「贅沢やわ、全部タダで揃うのに文句言うなんて」と言う。母は、母で、姉の家財道具を一式実家に持ってかえられるのも困るらしく、「なるべくなら、あんたにそのまま使ってほしい」と言う。

しかし、母もさすがに、不満そうな穂摘を見て、幼少の頃から姉のお古ばかりが回って来た妹を可哀想に思ったのか、ベッドは新調してプレゼントしてくれるという。実家では、いまだに姉妹用の二段ベッドの下段を使っていた穂摘には、母の気持ちがとてもうれしかった。

そんな事情で、小物はなるべく自分で買うことにした。オシャレな棚、アクセサリー入れ、水回り品、食器類、そして、カーテン。

穂摘はカーテン選びに苦戦していた。ベランダの窓は西側。西に黄色はお金が貯まる、という風水の格言もちょっと気にしながら、自分の空間にぴったりはまるようなカーテンを探していた。

そんなある日の午後。
穂摘はふらりと神戸の街に買い物に出たが、あまりの寒さに温かいものが飲みたくなった。

もうすぐ社会人になる穂摘にとって、貴重な平日の昼間。たまたま入ったカフェの出窓に、薄い黄色のカーテンがかかっていた。小さな花柄が透き抜けていてかわいらしい。穂摘は思いきって、店長さんらしき女性に、どこで売っているのか聞いてみた。しかし、彼女は思い出せないという。  


Posted by 弘せりえ at 17:57Comments(0)カーテン
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